体に老いを感じる。
35歳というのは人間の体力的に最初の壁なのだろう。
「体が変わる年齢」と調べたら、肉体のピークが20歳より前である14~17歳と書いてあった。意外だ。20歳台は肉体的に10代の頃よりは衰えていくとはいえ、まだまだ走って息が切れるような年齢じゃなかろうと思っていた。まさかそんなに早く頂から足を滑らせて下降していっているとは。
35歳で体が変わる瞬間を如実に感じた。とは、あたしがただ感じただけなのだが。
一気に疲れやすくなったというか、気力を振り絞れなくなった感じだ。
たとえば、終業間際でやり残した事務仕事があり、会社に戻ってPCを開くぞ、と帰社しようと車に乗り込む。すると、エンジンをかけてしばらく発進できないでいる。ここで頑張らないと、ずるずると退勤時間が遅くなる。能率は上がらず、延々と同じ文字を書いては消し、一向に書きあがらない書類を死んだ目で眺め続けることになる。それはわかっている。わかっているんだけれども、一度シートに深く腰掛けてしまったから。深く息をすってはいて、「ぃよいしょッ」と立ち上がって体を伸ばすこともできない。ダメだと思いつつも、だらだらと日が沈むのをわき目に、スマホの画面から目を離せず「この漫画おもしれえ」とつぶやく黄昏。
若いころなら、さくっとエンジンをふかし、スパッと仕事を終わらせ「よし飲みにいくか後輩!」と、肩で風切ってそりゃあもうエネルギッシュなビジネスマンを気取っていたもんだが。
すまん捏造だ。
そんなエネルギッシュな時代はあたしにはなかった。あたしにはなかったが、この話に共感しているあなたにはあるだろう。肩で風切っていた時代が。
さすがに人生35年も過ぎると、自分がどこまでやれる人間なのか。それくらいはある程度見えている。その未来に希望が薄いせいか、年を重ねるごとに失われていくオーラに、若いころの肉体に、すがっても仕方がないのだと思うからだろうか。頑張ったとて、所詮は……と愚痴ばかりこぼすようになったのはいつからだったか。
そうして老いがやってきた。
やってきたと思ったら、一年ごとに着実に距離を縮めて、40歳を目前にして急に若さの残滓をぶっちぎって、遥か彼方で早く来いと囃し立てる。おまえが光の速さでぶち抜いていくから、いつまでも追いつけねえんだろうが。ちくしょう老いめ。
体のピークからみても、20年以上経っているんだ。
あたしが人間じゃなかったら、肉体はもろくも崩れ去って、復元はとうてい不可能なところまでいっちゃってるぞ。よくも朽ちずに持ちこたえていると思うよ。大したもんだ。初老をなめるな。
肉体が衰えると、心まで衰える。
よしやるぞ、という活力が湧かなくなってくる。
先週までは「ようし一気にメタファーを攻略してやるんだ」と意気込んでプレイし始めたものの、今ではその活力が遥か彼方で振り返ってこっちを見ている。ちくしょう老いめ。
ゲームをするだけなんだから、スタートボタンを押すだけでしょう?あとは指がぽちぽちやってくれるんだから、そんな疲れるかねえ?
と疑問に感じる人もいるだろう。
疲れるのだ。
心と体はつながっている。心が疲れれば体は疲れる。体がくたびれれば、心もくたびれていて何も考えたくなくなる。
ゲームをプレイするには心身ともに健康でなくちゃいけない。
ボードゲームではプレイ時間が短めのものを軽ゲー、長めのものを重ゲーと呼称したりする。スマホゲーは大作コンシューマRPGに比べれば軽いだろう。
脳がくたびれているときは軽ゲーに逃げたくなる気持ちはわかる。特に仕事明けなどにスマホゲーのログインボーナスをもらうのもためらうことがある。何もかもが億劫になってしまう。そんな気分になる日もあろう。
そんな時はゲーム実況をぼけ~っと眺めてしまったりする。
現代人は疲れているのだ。いや疲れすぎているのだ。
まさか放置ゲームなんて言葉が生まれているとは思わなかった。ゲームは「やるもの」だからだ。「みるもの」ではない。PC作業中にディスプレイの脇に、起動だけして放置する、なんてゲームが流行ったりするとは思わなかった。
チルいという言葉も耳慣れないし、よくわかっていないが、こういう論理展開のもと誕生した新たな文化なのだとしたら、ちょっと納得できる。
兎に角、メタファーはゲームとしてはちょっと重いのだ。手軽に始められるように、ジャンルが苦手な人にも触りやすいようにつくってあるが、濃厚でかけがえのない体験を万全の状態で迎えたいと思うのはファンだからこそ。この感情は、テーマパークに行くときの感覚に近いかもしれない。
せっかくの休日に、楽しみにしていたお出かけで、君とあたしと、あなたとぼくと。テーマパークには、そんな最高の体験をしてほしいという仕掛けが目白押しだ。あたしはゲームにそんな体験を求めているのだろう。
ゲームも、もはやテーマパークと同列なのか。肉体がそう叫んでいるのだから、この世の変遷は面白いな。しみじみと茜色の空を見て今日も思う。
「残業、したくねえ、なあ」〈続く〉