ぺりグ

エッセイ・ボードゲーム・台本・ラジオパーソナリティ・ボイスサンプル、ぺりグにはわたしのすべてが詰まっています。

禁断園:本文

作者Xアカウントにて展開中の「キンダンガーデン」本文を記載。

 

※転載や転記、引用、AI読み込みなど自作発言、二次配布、台本の販売、台本を利用した販売物の作成、物語の改変は固く禁じます。著作権を放棄していません。見つけ次第、地の果てまで追いかけて法的措置を講じます。

 

 

chapter.1

Z1 猫であるのに、人のような思考をめぐらせる猫

 吾輩は猫である。
 人の世をこの眼で記録するのが生きがいである。
 ほかの猫が寄ってこようが、お構いなし。名を名乗る気も起きない。猫同士のナワバリ争いなど、心底どうでも良い。勝手にやっておきたまえ。吾輩を巻き込むでない。
 吾輩の心の琴線にふれることは、このおびただしく増えた人間の末路だけである。
 人は人同士で争うのが好きな種族だ。
 人と人が世界中でこの、地球という星を舞台に、生存競争を繰り広げている報道を観るたびに吾輩はおかしくなる。
 愚にもつかない人の行いをこの眼で捉えると、とたんに肌が粟立つ。瞳を輝かせ口の端がゆがんでいるのがわかる。
 吾輩からすると、猫も人もそう大差ない。
 ナワバリ意識はどちらも強いのでな。人間のほうが自らのナワバリを主張するやり方が過激な傾向にある。人と人が争った末路はいつの世も――破滅だ。
 だがこれはどうしたことだ。
 よく陽に照らされたレンガ造りの上で腹をあたためていると、遠くの空に轟音がひびいた。目を凝らすとそれはいた。
 人? いや人どころではない。人の姿形ではあるものの、天をも貫きそうな体躯である。四肢は間違いなくあるが、その輪郭はぼやけている。質量があるのかどうかわからない。鈍くも強い光を放っている。
 人ならば口にあたる部分が、ガパと開き、天から地へ咆哮を叩きつけた。人を模したその巨体が一歩進むたび、建物は吹き飛び木々はなぎ倒される。旅客機よりも大きな腕が振り下ろされると、爆撃があったかのように、有形物の一切が無に帰した。

 これだから人の世は興味が尽きない。

 さて人はこの現象をなんと言い表すだろう。“争い”? いや“蹂躙”か。難しすぎる言葉はわからない。
 ただ吾輩は記録しよう。この眼(まなこ)でありのまま。それが使命だと言われているような気がする。

 

 

P-1 大きな船が停泊してテンションが上がっている子ども

 幼い頃に水難事故にあった。ていうか、おぼれた。
 まだ目に見えるものがぼんやりとしていて、親の顔もはっきりとは覚えていない。けれど小さな漁港のある町に置いていかれたことは、はっきりと覚えている。
 別に恨んじゃいない。
 この町に集まっている子どもたちは、みんな“わけあり”なんだと聞かされた。だからてっきり「その子」もそうなんだと思い込んでいた。
 はじめてこの町に見たこともない大きな漁船が停泊したとき、船底を覗きたくてたまらなくて岸壁まで急いだら、思いのほか勢いがつきすぎてブレーキがきかずに落ちた。
「きっと神様がたすけてくれたんだ」「五体満足で上がってこれるわけねえ。奇跡だ。海の神さんに感謝しとけ」と、じっちゃ(爺)やばっちゃ(婆)に泣いて抱きしめられたのは薄っすら覚えている。
 でもそれよりも、うんとはっきり覚えているのは、水に飛び込んだ瞬間「その子」が沈んでいくぼくに気づいて助けてくれたのだということ。ぼくの手をつかんで、慌てているぼくのことをなだめ、口うつしで息を継いでくれて、水面へ押し上げてくれた。
「その子」は海の中なのに、風にゆれるふんわりとした髪をなびかせて泳いでいた。まるでそこが海の中だなんて、わからなくなるほどに。きれいで。踊っているようで。ひと目で心に花が咲いた。
 その日から、ぼくの心は「その子」のことでいっぱいになり、今日(こんにち)までに多くの青春を取りこぼした気がする。
 不思議な体験をしたと自分でも思う。けれど大きな漁船が停泊するたびに、ぼくは「その子」の姿をさがしつづけた。さがして、さがして、さがして。恋い焦がれつづけて、気の遠くなるほどの夜を明かして。
「その子」に会ったらこれだけは伝えたい!ということをノートに書き連ねている。そのノートが30冊を超えるまでには再会したいと、今日も水神さまにお参りに行くのだ。

 

 

P-r1 愛を知った子どものおはなし

 昔から、いつだってお友だちは、私のお庭にきておもちゃ箱から勝手におもちゃを取っていって返してはくれない。
 どれもこれも、私のお気に入りのおもちゃたちなのに、新しく増えるたびに私のおもちゃ箱から取っていく。
 貸してちょうだい。
 必ず返してくれるっていうのなら、ちゃんと貸してあげるのに。約束を結んでもくれない。そんな子たち、友だちでも何でもない。
 いつだったか、私のお庭にきて、一緒に遊んでくれそうな子を見つけた。けれど、私のお庭だとその子は生きられそうもないから、寂しいけれど返してあげた。
 胸が張り裂けそうになったのは、はじめてだった。
 私はその日から、たまにその子のお庭まで寄っていって、どんなふうに暮らしているのか覗くようになった。
 その子は、毎日社にお参りに出かけては一生懸命にお祈りしている。たまに同年代の子といることもあるけれど、いつもひとりで私のお庭を眺めている。
 あるとき、しぼんでいって消えてしまいそうなほど、悲しみに暮れている顔を見た。いつもその子を守っていた気配がぱったりとなくなっていた。近しい人がいなくなったんだと私にはわかった。
 これまでもずっとひとりでいたのに、これからはもう誰にも頼る術がないんだ。その子はとっぷり日が暮れるまで私の方角を見つづけて、やがて声にならない声を投げかけ、何度も振り返りながら家路についた。
 だから、いてもたってもいられず、私は大きな声で呼び止めてしまう。
「ひとりにはさせない! 私のお庭に今すぐおいで!」
 もう、返してあげない。
 私のお気に入りの、愛しく大切な友だち。たったひとりの、私だけの友だち。

 

 

P-12 会いたがった「その子」と共に大人になった、かつて無邪気だった子ども

 大海原へと漕ぎ出した。
 私の最期は海の上で、そう決めていたから。
 もちろん反対されることはわかっていた。だから、誰にも言わず、君にも告げずに出てきたんだよ。
 胸の内の「君」に話しかける。
 君のおかげで、私はこれまで生きてこれた。短い生涯だったけれど、友人もたくさん出来た。私を育ててくれた町はずいぶん潤った。あれだけ海の幸があれば、食うに困らないだろう。
 君とは寝ているときに何度も会えたけれど、優雅で踊るように泳ぐ君を見ることは、あれ以来なかった。それに、君が何を言いたいかはわかるけれど、君の声を聞くことはこれまで一度もなかった。
 聞いてみたかったな。君はどんな声なのか。
 だからやっぱり、一緒に居続けることは難しいんじゃないかと思うんだ。目の前にいるのに触れあえず、心の内はつぶさに分かるのに言葉を交わせない。私の器が小さいばかりに、君の自由を奪ってしまっている。
 私にはそれが許せない。
 海に還れば、きっと君は力を取り戻す。この海は君の庭だ。私を抱いて救ってくれた、君の大切なお庭。
 ありがとう。私と一緒にいてくれて。
 ありがとう。寂しくないように、私の中で道を示してくれて。
 ありがとう。私を、ひとりに、しないで、くれて……。ありがとう……。
 私の故郷は陸の上だけれど、私の愛はこの海に返すよ。
 私の愛はこれからも、君とひとつに溶け合って、君を寂しがらせることはないよ。海はなくならない。私はここで、永遠に在りつづけるよ。
 だからね。泣かないで。

 

 

Y1 字木と云う神

 うわさ話というのは、得てして真実が正常に伝わらないものだ。
 事実は小説より奇なりという言葉があるが、それは本当にそうだ。目の前の事実を受け入れがたい自分がいる――
 この町は昔からそうだ。
 やれ神を崇めろだの。実は神に会ったことがあるだの。神は人の姿を模しているものなのだ、だの。
 古くから逸話や寓話が残っているのも、この町の風習によるものか。広く町を見下ろすと、二方を海に、逆側を山に遮られている。だが市街地としては“町”と表現できるほどの狭さはなく、寧ろ都市部と言って差し支えないくらい広い。
 文化は閉塞的でないはずだが、信仰心というのは、人が継いでいくものであるからして、誰がどのように持ち込むやら、わかったものではない。
――そこへきてこれである。まさか、目の前で実際に産まれたばかりの神を視ることになるとは思わなんだ。
 近づこうとする者は容赦なく引き裂き、床や壁面へ叩きつける異形の影。参ったな。これではこの建物が崩れ落ちてしまうではないか。宿り木には快適な寮であったが、此奴が産まれたからには、いずれにせよ長くはもたんだろう。
 刹那。人の首が跳ねられ、脇腹をえぐるような角度で飛んでくる。咄嗟に右腕を《具現》し手甲で受けた。破裂する頭蓋の血飛沫に視界を奪われ、不意にがくんと足を取られた。そのまま黒い引力に組みつかれ、為す術なく壁に背中から打ちつけらる。
 漫然と眺めている場合ではない。応戦する。
 目をぐいと拭い、口内の出血を手甲にべっ、と吐きかけた。血を元にして刃を生やす。逆手持ちした短刀のように固定し、右拳を地に撃ち込み力の反作用を得る。跳躍一閃。触手の一つに飛びついて根元を斬り落とした。
 だが何本も縦横無尽に伸びる触手。衰えを知らず。
 さながら烏賊の大王である。右腕だけでは埒があかない。全身の《具現》で以て此奴を抑え込まんとする。
――わしは字木(あざぎ)と云う。意識を濃くせよ、宿り木よ。丹田に力を込め叫ぶのだ。往くぞ――

『冥合(めいごう)!!!』

 

 

P1 クラスメイトに電子辞書が借りたい

「字木(アザギ)、電子辞書貸してくれない?」
 後ろの席の仏頂面に話しかけた。
 その仏頂面がわずかに渋くなり、そうね、ちょっと脊髄反射すぎたと詫びた。
「あ、ごめん。言ってなかった。次の科目、英語だから。あとたぶん今日、当てられる日なのよね」
 そう丁寧に伝えてやると、字木はその仏頂面をさらに渋くして、何を言っているんだこいつは的なオーラを放ってきた。なによ、ちゃんとわかりやすく説明できた自負ありありよ?
 なおも仏頂面をつづける字木に見切りをつける。いつまでもにらめっこしていたら、休憩時間が終わってしまう。今度はとなりの席のクラスメイトに懇願することにする。
 体を向けてこれまた身振り手振りで話してやると「字木もそうだけど、こっちも次の科目は一緒だよ。同じクラスなんだから」といったニュアンスの呆れ声が返ってきた。ああ、そういうこと。
 いやそこを何とかしてほしいわけよ。
 いまから他の教室まで友人を頼っていくのは、正直しんどいわけ。席から立ち上がって、急いで駆け出す手間を考えたら、身近なところで手を打っておきたいと考えるのは普通でしょ?
「あ、そうだそんなことより。もう授業はじまっちゃうから言いたいこと言うわ」
 そうだった。思い出したことは、思い出したときに言わないと、思い出せなくなってしまう。
「字木、このサイト知ってる?」
 ぐいと肩を入れて、携帯画面を字木に向けた。昨夜ネットサーフィンをしていたら見つけた妙なWEBサイト。真っ黒の背景に文字ばっかりで、メニューはあるけれどタイトルが書かれていない。どんなサイトなのかも、どうして検索にヒットしたかもわからない。
 一瞬にして読む気が失せたから字木に見せたらどうにかしてくれるだろうと思っていたけど、そう甘くはないみたいだ。苦虫をかみつぶしたような顔でこっちを見ている。携帯画面には目もくれない。
 ハァ……わかったって、電子辞書ちゃんと借りてくりゃいいんでしょう? まったく。この、お節介さんめ。

 

 

P2 インターネットサーファー

 タイトルのないWEBサイトは、検索で「無題」と出てくる。
 だから基本的にはクリックしない。変なサイトに飛ばされて、架空請求やなんかで家族に迷惑をかけたくないから。
 それでも私は気になった。そんなに仲が良くもないクラスメイトが話していた、タイトルのない奇妙なWEBサイトのことが。
 聞くつもりもなかったのに、となりのアイツの声がでかいせいで嫌でも耳に飛び込んできた。決して聞き耳を立てていたわけではない。断じて違う。
 そのサイトについては近ごろ、生徒のあいだでうわさになっていた。
 文字ばかりで奇妙なのだけど、メニューのひとつにやたらとプラトニックな民話が描かれているらしい。
 タイトルもないのだから、どんなサイトかもわからない。普通の感覚だったらすぐにブラウザバックしようものだけど、これだからパソコンも持っていない素人共は情報弱者で困る。異様な雰囲気を感じたらすぐに去れ。これはネット民としての鉄則だ。
 いまや人気が高まりすぎて、とある界隈では二次創作絵まで登場しはじめているとのこと。いや私は詳しくはない。全然まったくもって詳しくない。本当に調べたこともないのだ。
 とはいえここまで、家に帰ってまでも気になるのは、かえって体にとって毒だ。他のことで転換できないのだから、ここは素直にその調査にあたることとする。別に気になってしょうがないわけではない。勘違いしないでほしい。どれほど胸を打つストーリーなのか、私が直々に評価してやろうというのだ。ちょっとわくわくしているのだ、とかそんな感情はかけらもない。
 さて、と検索エンジンを起動するが、何と打ち込んだものか。確か、アイツはどんなワードで検索したかも覚えていないと言っていたな。どうやったらそんな体たらくでたどり着けるのだ。
「観念してURLを送ってもらっておけばよかったな」
 私は夕飯に呼ばれたのにも気づかず、一心不乱にパソコンを睨みつけていた。そのうち寝ているのかも、起きているのかも、曖昧になっていった。パソコンをしていると時間が溶けるのは、当たり前だ。

 

 

P1-2 辞書が借りたいクラスメイトは友だち想い

「あのWEBサイトは異世界につながっているんじゃないかと思うのよ」
 字木(アザギ)に昨夜から寝ずに考えていた決まり文句をぶつけてみた。
 字木は相変わらずの仏頂面だが、わずかに哀れみの表情が見て取れる。そんなことのために目の下に馬鹿でかいクマをつくってきたのか、とでも言わんばかりだ。そんなこととは何よ。実際にうちの生徒も消えていっているんだ。こうなってくると他人事ではないでしょうよ。
 となりの席に座っていた同級生が、ある日を境に急に学校に来なくなった。なんて、あたしゃ漫画でしか聞いたことないよ。
 そいつの家族に聞いても、家にはいたはずなのに忽然と姿を消したの一点張り。靴は玄関に残ったままだし、家から出た痕跡はないらしい。どこかへ出かけて帰ってこなかった、と言う方がまだ捜査の線はあるってもんよ。
 え、「そいつの家まで行ったのか」って? そりゃ行くよ。気になるじゃない。
 え、「あいつとそんな仲良かったっけ」って? 別に仲良くはないよ。仲良くはないけど、友だちじゃん? 友だちいなくなってんだから、聞くでしょ。
 てか字木、もしかしてまだクラスメイトの名前覚えていないとか、ある? いやちょ、それはないわー。もっと興味持っていこ、となりに座ってるやつってどんなかな、って普通思うじゃん。あともう冬だから、ぼやぼやしてたらこのクラス終わっちゃうから。
 な、もっと人間に興味もっていこ。
 字木さんよう。普通、こんだけ学級のなかでも空席が目立ってたら、謎の感染症か、謎の事件に巻き込まれたって思うもんよ? しかもクラス単位で。
 なんか妙なことが身の回りで起こってるんじゃないか、もしかして明日は我が身なんじゃ……とか不安に思ったりするっての。
 あ、ないかー。字木さんはなー。そんな、ないかー。
 動じたり、とかないもんなー。字木さんはなー。

 

 

T1 月刊誌『MIoU』の編集者は悩んでいる

「すまない。遅れた」
 示し合わせたわけではないが、ここの喫煙所なら邪魔が入らない。ライターは悠然とこの場所でたたずんでいた。私としても会社から程よく離れているため、都合がよかった。
 ライターは詫びた私を一瞥もくれず、煙草をくゆらせながら新聞の切り抜きを渡してきた。
「ああ、これだろ。ちゃんと見たよ」
 地方紙の小さい記事。手のひらにすっぽり入る程の取り扱われ方しかしていないが、確かに不可解な事件だった。
 その地方の学校では、学級閉鎖になるくらい失踪者が増えているらしい。
 これはライター側の無言の抗議みたいなものだ。こんなきな臭い案件に俺を関わらせる気か、と。話の運びがよくない。
「大丈夫。こっちに謎解きが好きな知り合いがいてね。君は直接関わる必要はない。そこは安心していい」
 うちは実話誌とは異なる。雑誌本来の意味である『雑』を極めるをテーマにレイアウトを組んでいる。
 だからまあ、何でもありっちゃありなんだが、こんなネタ、よく編集長が扱うって決めたもんだ。しかもそれが私に振られるとは。来年から別の部署へ転属かね……。
 私も吸おうとポケットをまさぐっていると、ぽこんと携帯が鳴った。古い型だが長持ちする。ぱくっと画面をひらくと、メール受信の文字。差出人は目の前の、ライターからだ。
『しらべは ついている』と本文にあった。
 まさか、謎解きが好きな知り合いも調査していくうちに音信不通となってしまったことを言っているのか。どこでどうやって調べたっていうんだ。弾かれたようにライターを見ると、じっとこちらの様子を伺っているかの目線を寄こしていた。
 おっ……と、これは。
 と思ったが、向こうから切り出されることはなかった。しっかり煙草が短くなるまで堪能してから、喫煙所を後にした。去りゆく背中は、『もうこの件に一切関わらせてくれるなよ』と言っているようだった。
 私もいい加減、煙草に火をつけた。ようやく深く吸える。「……フゥ」しかし、私もどうしたものかな。

 

 

T2 私の研究は文化人類学に留まらない

 ん?
 ああ、そうだよ。
 キミがさっきから言っているAR技術? ええと拡張現実って言うんだったか。その認識で、おおむね差異はないよ。
 キミが鏡を通して自分の顔を知覚しているときに、神もまた鏡を通してキミを見ているかもしれないって話なわけだ。
――民俗学?
 そんな俗説にまみれたいならお好きにどうぞ。そう思いたいなら、そう思ってもらって構わないよ。
 ふん、いや? 怒っちゃないよ。
 今日だってキミから誘ってきたくせに有益な話は何一つない。目の前の美味しい食事が唯一のValue(バリュー)だ。
 こちとら忙しい時間を縫って、貴重な昼休みの貴重な栄養補給の時間をキミとの会食に当てているんだ。私が興味を引かれる土産話の一つでもあるのかと期待したらこれだ。
――何、神隠しと言い切れない?
 それは、さっきから私に妙な期待を込めて話している都市伝説まがいの事案のことかい?
 キミねえ。確証も撮れていない段階で、私の推論を引き出そうというのか。愚にもつかないな。この店の払いはすべてキミということでいいね? では今日はこれで失礼する。
――なんだね、その無礼な手は。離したまえ。
 ふん、まったく愚かしいにもほどがあるが、水掛け論で時間を消費するくらいならはっきりと言ってやろう。
「神隠しは人が生み出した現象だ。人は簡単に人の前から消える。人の世界の常識の埒外が理解できないというだけで、神を盾にするな、と言いたい。私の研究対象は人ではない。純然たる神だ。人が知覚できる枠外の、想定のできない超常の事実。たかだか神隠しという現象一つで私が研究に乗り出すなんてことはあり得んわけだ。人が神と入れ替わったかもしれないと言うのなら、映像なり何なりでその証拠を持ってきたまえ話はそれからだ。よくもまあ、うわさ話程度で私を呼び立てたものだ。もういいかね、離してくれないのならキミの指をデザインナイフで削ぎ落とさなくてはならなくなるがおぉっと…賢明な判断だ。ではな」

 

 

chapter.2

Ap-1 無類のあんパン好き

「渡会公一、桃瀬永子、桧垣健二、清水絵里。そして今回の、山吹亮太か。いづれの失踪者にも共通点があるな」
 汗をぬぐい。缶コーヒーでねばっとした唾液をぐいと流し込む。
 事件の痕跡を追ってきたら、随分と山深い土地まで下ってきたものだ。こりゃ今夜中には都まで戻れないな。宿を探さねば。
「年齢も性別も職業も生まれも経歴もまるで異なる。趣味嗜好、友人関係、家族構成、失踪現場、何一つ共通点はないが、ただひとつ」
 あまり現場で姿を晒しつづける気にはなれない。相棒を促し、現場を離れる。
「失踪者の生活圏に大量の仏さんが転がっていたことだ」
 相棒が咥えようとしていたあんパンをかすめ取り、口に放り込む。張り込みなんて性分に合わないが、すっかり捜査のお供だ。歯の間に挟まるごまの風味が香ばしい。
「こんな小さい島国で、連続殺傷事件と連続失踪事件が同時に起こっている町がいくつもある。そんなどでかいヤマを前に、お国は何故手を拱いている?」
 不服そうにスーパーの袋からもう一個取り出し、今度こそ食べようと口をあけた相棒から、またあんパンをかすめ取る。歯と歯がかみ合う音を立て、あごを押さえる相棒がにらんでくるが、構いやしない。
「最も、あの妙なウェブサイトを視ただけで、失踪してしまうってことなら、もっと目撃者が多いはずだ。スマホの普及率を考えるとな。白昼堂々、人が消えるんだ。騒ぎ立てる連中が後を絶たないだろう。しかしそんなこともない、ときた」
 ものを噛む行為は脳に刺激を与えてくれる。捜査した情報を整理しながら、あんこで糖分も補給する。捜査が行き詰まったわけではない。しかし濃い霧がいつまでも真相を掴ませない。
 人死にの都市伝説なんて珍しくもないが、うわさ話の普及時期と事件の発生時期に時間的な隔たりがあるのも気になる。「神を視た」なんて目撃者の口から出て良い単語じゃない。
「やはり〈流星寮〉へ行ってみるべきか」
 苦くなっていく口の中へごりっと甘みをねじ込んだ。

 

 

 

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