今週のお題「お米買えた?」
コメ不足です。
全国的に米が不足しているそうだ。
うちの地元のコープでもこんなありさま。
こんな光景、最近ではコロナ禍のマスクとかでしか、あ、いや最近ありましたね。南海トラフの地震警戒時の災害対策品ですか。水とか紙とか。
この手の品薄問題って、たいてい報道番組などで煽りすぎるのが問題な気がするのですが……まあ報道側もたぶんメイビーおおよその確率で「大丈夫でしょう」なんてまかり間違っても言えないですから、最悪の事態を想定する必要がありますとしか表現できないんでしょうね。
そんなこんなでコメ不足だそうですが、現状ってどうなの?とGoogle先生に訊ねてみたら。
なぜ米が品薄なのでしょうか?
コメ不足はいつ解消しますか?
これ全部Googleの関連する質問から引っ張ってきました。
Googleって検索窓に文章で質問を入力したら、最近AI(Gemini)が回答をまとめて検索結果の一番上に提示してくれます。
これのいいところって、いちいち検索結果のサイトにアクセスしなくてもGoogleの検索結果部分だけで、知りたいことが解決することですよね。
圧倒的に早いです。
Geminiと関連する質問も駆使したらもうGoogleのサイト内で完結します。
「検索はchatGPTやその他AIを使わないでウチを使わんかい!」と鼻息荒く迫ってきます。近い。近い近いですって先生。
スマホの方では、予測変換ならぬ、予測検索も充実してきましたよね昨今。いやー使いやすい。
コメ不足の歴史をほんの軽く紐解く
簡単に、とても簡単に、日本のアーカイブへアクセスしてコメ不足ひいては食糧不足の歴史を紐解いてみました。
検索していると現れた言葉がありました。
「飢饉」
これは饑饉と書くこともあり、「饑」は穀物が稔らないこと、「饉」は野菜が熟さないことを指すそう。
日本では主食である農作物の大規模不作を契機とする場合が多く、戦国時代など領土拡大の原因にもなったもの。飢えを救うために日本国内で血を流して、それを解消しようとした歴史があるわけですね。
江戸時代には三大飢饉とも呼ばれるひどい凶作が起こり、多くの餓死者を出しました。
その原因はやはり自然災害が著しいのですが、人為的な原因もままあります。戦争や政策の失敗などですね。
今年のコメ不足も、上述の通り、新コメの刈り取りが順調に進んでおり、近年ではこうした生産体制の安定化により、基本的にはコメの生産が枯渇するということは稀とのこと。
ではなぜ食糧が不足することがあるのかというと、それは経済的な要因などからの配分に問題があるケースがほとんどだといいます。社会的な仕組みというか、経済の構造上の問題が不足につながっているのです。
江戸時代のように鎖国状態でもなければ、世界大戦などが勃発し輸送システムがダウンしている場合でもない。どんなに価格の高騰や賃金低下、失業が重なっても、社会保障制度が機能しているこの国で救済がないというのはありえないのです。将来はわかりませんが。
こうして飢饉が起こるときは、国家すべての人が餓死してしまうわけではなく、一部の人が餓死する中、一部の人は食糧が豊富な場合が多いそう。
都市部は餓死者が少なく済むこともあると記述があり、なるほど需要と供給のインフラはこういうところでうまく貧富の差を調整しているのが手に取るようにわかるナアと感心したところです。
このように元々生活の苦しい貧困層、生活困窮者が痛手を受けるという食糧不足問題。
今回のコメ不足のように、連日流れる報道に随時慌てふためくのではなく、すぐに行動に移すのは一旦待ち、きちんと正しい情報を調べて、それからどうするべきか言動で表していきましょう。報道にピーヒャラ踊らされるのはもう卒業しよう。あたしたちにはGoogleがある。ね、先生?
※この記事の思想強めVerがOFUグに上がっています。こちらも気になる方はどぞ。ブログこぼれ話や、創作活動報告をメンバー限定記事にて公開中📝