車を運転していると、様々な気づきがある。
街中を時速40Kで走るという行為自体が、まあ珍しいことであるので、車窓からの景色をついぼけっと眺めてしまう。あ、もちろん安全運転で。
歩きでは体感できない速度で流れていく街並みは、視線を線でつなげず点で見るしかないため、思わぬ発見に出遭う。通り過ぎた後で戻って確認に行ったりもする。ああ、そうか、こんな細い路地にパン屋さんがあったんだなあ。
特にこの季節は桜が咲いていたり梅が満開だったりで、時速40Kだと「いまのどっち!?」となること請け合いだ。
しかしいつも高速で流れていく車窓を見ているもんだから、信号待ちなんかで停車していると、妙に一個前で同じく信号待ちをしている車のナンバーとかリアウィンドウとかを眺めてしまう。
バックミラーで見ると、やたらと自車を凝視してくるニット帽すがたのグラサンおやじが映り、思わず二度見してしまうほど気味が悪いことこの上ないだろう。絶対に振り返ったりなんぞできない。実はあなたのことを見ていました。とか唇を動かして伝えてきそうだからだ。
「オ・マ・エ・ヲ・ミ・テ・イ・ル・ゾ」
一個前の車を穴が開くほど見ているこっちも、いつか「何見てんじゃ、ワレェ!」と頭皮にアイパーあててグラサンが片目欠けているアロハ兄ちゃんに詰め寄られないか、冷や冷やしながら危ない橋を渡っているのだから、こっちも大目に見て欲しい。もう凝視することが癖になっているんだ。悪意はない。
ただ「目は口程に物を言う」というか、「漢は背中で語る」というか、ずうっと見ているとどんな人が乗っているのか、その人となりを想像してしまう。
あ、小さい子どもが乗っているんだな。
ああ、エーちゃんが好きなんだな。
排気ガスがすごいな、旧い車なんだな。
す、すげえ……!バッチリ痛車じゃん。とかね。
乗っている人の主張したいことが分かる。車の装飾で、不必要なものはない。乗っている人にとって「必要」だから、その装飾が施されている。
特にボディーに貼ったり塗ったりする系は、一世一代の大勝負だエイヤとやる人は多かろう。
失敗したくない、もし失敗したとしたら、あわわわ。
エイヤ。
車って高い買い物だからなあ。気持ちは痛いほどわかるよ。分かる。
さてそんなわけで、ここでひとつ、疑問を投げかけたいと思う。
エイヤと装飾することしきりなリアウィンドウに、今朝、こんな文言のステッカーが貼られているのを見た。
【競走馬搬送中】
漢字の羅列で、黒い縁取りに白い枠背景色で、異常な淡白さ。
皆さんも、競走馬を載せて、競馬場へ搬送している輸送トラック(馬運車というのですが)は高速道路などでよく見かけることと思う。そういう車だと、お馬さんの顔がにゅっと荷台の隙間から覗いているので、一目瞭然なのだが、キチンと注意喚起のために車体に上のようなステッカーが貼られている。
【競走馬搬送中】
それはそうだ。ちゃんと競走馬を運んでいるんだから。
しかし、今朝見たその信号待ちをしている一個前の車は、日産・キューブ《CUBE》——
室内の広さやユーティリティを重視するため、初代キューブは天井が高く「立方体」を表す車名通りの箱型ボディを身にまとって登場し、1998年の国内新車販売台数はカローラについで2位の座を獲得したらしい。
参考:WEB CARTOP
当時としては広々とした室内で、ちょっとガタイの大き目の人でも乗車できただろう。いっぱい乗って、たくさん積めて。ファミリーカーとして一世を風靡したシリーズだったことがうかがい知れる日産・キューブ。うちの弟の愛車として長らく現役だった日産・キューブ。
そんな車でも、さすがに競走馬は積めなかろう。
目を疑った。
二度見するまでもなく、ガン見した。
え、競走馬搬送中なの!?日産・キューブで!?
競走馬ではないが、乗馬用のポニーでも相当の重量だ。積めるべくもない。いや積める積めないの話ではない。普通乗用車にお馬さんが乗れるわけがない。いや足を折りたたんで、首を……ってむりむりむり。
信号が青に変わり、ハッとなってアクセルを踏んだものの、しばらく目的地を迂回してくだんのキューブを追いかけてしまった。
一体、乗っている人の人となりは、どんな感じなんだ……ッ!
追い抜くことができず、信号待ちのたびに、リアウィンドウから中を透かし見ることしかできなかったが、運転手は女性ひとりだった。バックミラーに向かって、しきりに髪をかき上げる仕草が印象的な女性で、歳の頃まではさすがに判別がつかなかった。
皆さんはどう思うだろうか?
この女性は本来のキューブの持ち主なのだろうか?
この女性は何を主張したくて【競走馬搬送中】のステッカーを貼ったのだろうか?
競走馬は果たして本当に乗っていたのだろうか?
まさか、キューブが全盛の時代には競走馬を載せられるような異次元空間へとつながるトランクルームでも、あったのだろうか?
というかむしろ、この女性が競走馬のようにじゃじゃ馬で、それを周囲に知らせたくて、なのだろうか?
想像の域をでない推測は尽きないが、市内ナンバーであったので、また街中で遭遇できる可能性は残されている。次に見た時はナンバーを控えておこうか、とも思ったが、犯罪チックだからやめておこう。
しかし再び遭遇できることがあったら、疑問が沸き立ちすぎるので、探偵に依頼することにしよう。幸いなことに関西には腕利きの探偵さんたちがたくさんいる。彼らを頼ることにしよう。
あ、もしかして肉にして運んでいた、なんてことは……、——いや怖いこと想像するのはやめよう。
〈終〉